強く感傷的な気持ちになるのは、決まって景色が揺らいでみえる、日と夜の狭間の時間だ
こんなにも言語が欲しいと私が強く思うとは昔の私なら思いもしなかっただろう、エアフルトを発ってからもう三週間が経つ、ちょうどエアフルトでの研修期間と重なるだけの量の時間
日本での三週間は、ありえないほどにあっさりと過ぎていく
まるで自分が記憶喪失にでもなったかのような気持ちだ
あれ以上向こうにいられないということもないけれど、異国の地で過ごす時間は私の精神には開放的でも、
言語が出来ない後ろめたさと罪悪感に似たあの感情は見たこともなかった側面から私のことを意地悪く突き刺していた
確実にその前よりも沢山のことが分かるようになった、でもそのくらいの努力は海外へでる前に少なくともするべきだったし、していたらもっと先に進めたのにな、と思うわけで
常に生き急ぐ私
これから怒涛の外食期間が始まるけれど
ちょっと嬉しかったのはクレカの引き落としが計算と一万円近く違っていたこと
こうやって綴っていると、他にも沢山のことが、本当に動乱の一週間ではあったのだけれど、あえて書き残しておきたいという気分にはならなくて、
実は話題性はあるけれど、私の人生の中では本当にどうでも良い瑣末なことだったのかもしれない
そもそも私の話ではないしね
やっぱりそれでも綴るという行為が忘れられなくて、
でも一体誰か私の文章を求めているのだろうか、果たして
でもね、私が一番知っているの、
知らない人がみたら自画自賛にしか思えないと思うけれど、要するにね
私の偶像は、私にしか創り出せないのです