あまだれのごとく

時々迷い込む後悔の森

4.1.2021

三が日の最終日、友人とともに、小旅行

 

最初はサクッとランチでも、のつもりだったのだけど、
結局一日予定が空いていたのと、
お互いに「水辺」を欲していたのとで、
富士の忍野八海へ出かけた

 

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こうやって写真に収めると、中々幻想的だけれど、
実際にはとてもこじんまりした池が、
村の景色の中に、ぽつぽつ、と点在している

 

まあ、湧水なので、
底面までの透き通り方は極上でした

 

 

 

水辺を目的にきた、のではあるけれど
一年越し以上、対面で、ゆっくり話す機会

 

正直、年末年始は自粛ムードであったのは分かっているけれど、
コロナのおかげで、私が3月に帰国してから
本当は真っ先に会うべき理由があったのに、全く会えなかった

だから、このわがままには、目を瞑ってもらいたい

 

彼とは、かなり特殊な関係性
関係の大半を、メッセージのやり取りで構築してしまった、
と言っても過言ではなくて
しかもその大半が、日常のあれこれではなくて、
比較的抽象度の高い議論

 

お互いのことをよく知っているようで、知らなくて
会えなかった期間にも、いろいろあって、
かつ、二人で長い時間を過ごしたこともなかった

 

まあ、どうなることやら、と
会う前まではかなり緊張していたのだけれど
その実、全くその必要はなかったのよね

 

もちろん、とてもとても楽しかったのだけれど、
それ以上に、「ああ、楽だな」という気持ちが先行した

 

多分それは、私が一々アレコレ考えずに喋っても、
遮らずに最後まで聞いてくれるし、大きな曲解はされないだろうという安心感
だし、大まかなセンスでの共通項は結構ある気がする
(お互いに趣味が大衆的ではない割には)

 

自分も相手も、それぞれ何考えているのか曖昧な部分はあるけど
まあ、考えても仕方ないし、それでいいかな、今は

 

十年後くらいにもっとハッキリしたり、しなかったりするのかな、
ということで、笑

 

 

 

そして本日は、たまたま
公開当時からずーっと目をつけていた
レディ・バード”がNetflixのラインナップに追加されていることに気づき、
衝動的に慌ててそれを観はじめる

 

 

レディ・バード (字幕版)

レディ・バード (字幕版)

  • 発売日: 2018/09/20
  • メディア: Prime Video
 

 

 

本当に数ヶ月前まではどこにも上がっていなくて、
ほとほと、困り果てていたから、もう狂喜

 

そして、思っていた通り、いやそれ以上の映画だった

 

あらすじとしては、カリフォルニアの田舎町の
普通(以下)の家庭環境に育った、
“レディー・バード”と名乗るエキセントリックな少女の
高校最後の一年間を描いた青春ストーリー

 

ただ、カバーしているテーマが広範すぎて、
「もうエンディング?」と思うような「転」の場面が
10分毎くらいに訪れる、密度

 

家族(母、父、養子の兄とその彼女)、様々な形の恋、親友、高校、田舎と上京、
男友達、セックス、進学、宗教など
これだけの内容を、一つの脚本にまとめ上げるって
もう、神様としか思えない

 

私は、青春ものが得意ではない
脈々と流れる「キラキラ至上主義」を感じると、
生理的に不快感を覚えてしまう

 

レディー・バードは
「何者でもない自分」とひたすらに戦い続ける
なんでも口に出すし、なんでも行動に移す
でも、物語の主人公だからと、全てがうまくいくわけではなくて、
裏目に出ることも多い

 

自意識は暴れるけど、本当はちゃんと理性もある
その泥臭くもリアルな描写に、
「そうなんだよ、そう、そう……」と
共感して、涙腺が緩むかと思えば、
どう考えても笑うしかない展開が突っ込まれていたり
(そしてまさしく私のツボ)

 

これ、誇張抜きで、生涯見てきた映画のベストかもしれない
あと100回でも観たい

 

欲を言えば、もっと早く出会いたかった
公開が2017年なのだけれど、
自分が小学生とか中学生の時に観ていたかった
きっと、今とその時では、掴み取る部分が違うと思うけれども