あまだれのごとく

時々迷い込む後悔の森

19.8.2019

 

 

 

第二の故郷、というにはあまりに短い暮らし、
けれど紛れもなく私の原点であることには違いない

 

そんな街を、15年振りに訪れた

 

 

 

元々、ここは個人的に訪れるか迷っていた
来たところで、別に観光するものも、食べたいものも、ないし
ただ、うっすらとした思い出に浸れる、それだけ

 

それだけのために、わざわざ時間を割く意味があるだろうか?

 

その問いは、午後のプログラムの概要を見ているうちに、
運命的に胡散霧消した

 

プログラムの一つに、アーティストの工房見学があったのだけれど、
私はそれを見て目を疑った

 

最寄りの駅が、私がかつて住んでいた街の駅と同じ名前
見間違いなんじゃないかと思って見直すと、
紛れもなく、それはU9の駅だった

 

 

f:id:wannaelfeternal:20190820070110j:plain

 

f:id:wannaelfeternal:20190820070302j:plain
 

 

道中、U9の駅たちを眺めていると、
幾つか記憶違いこそあったけれど、
最寄りの駅のデザインは、全くそのまま

 

雑多な雰囲気は相変わらずで、
けれど風景を見ている高さが違うからか、
知っている街なのに、見知らぬ街のような風貌

 

f:id:wannaelfeternal:20190820065700j:plain

 

不思議なような、どこか寂しいような

 

 

 

工房見学は本当に興味深かった
彼らはここに80年代から工房を構えていたのだという
つまり、私が住んでいた時期にも彼らはここで活動していて、
私たちは一時、同じ街の住人だったわけだ

 

しかも一人のアーティストの奥さんが日本人らしく、
ただいま赤ちゃんの面倒を見ているということで出てこなかったけれど、
是非話してみたかったなぁ

 

 

 

工房見学の後、適当な理由をつけて皆んなの輪から離れ、
一人、街を散策する

 

f:id:wannaelfeternal:20190820065710j:plain

 

f:id:wannaelfeternal:20190820065708j:plain

 

 

 

結果的には、ここへ来てよかったな、と思った
私がいた、という痕跡は無論、どこにも見つからないし、
探そうともしていない

 

けれど、
私の頭の中にある、漠然としたイメージが、
一つ一つ、結びついていく

 

このプロセスは、どこかのタイミングで必要だったように思う

 

つまり、
私は不確かな想い出に縛られて、今この生活を送っているのか、
それとも、今の私が抱く意志によって、この道を選んだのか

 

これをはっきりさせないことには、
いつまで経っても地に足つかない状態になってしまいそうで

 

 

 

勿論、記憶と違うこともたくさんあった
それは、単に私が間違えて覚えているのか、
街が変化したからなのか、
あるいは、私が変わったからなのか

 

そんなことは、知る由も無いけれど